とても腹立たしい事があります。
昨日、TBSのドラマ「マラソン」を見ました。
嵐の二宮さんが自閉症のマラソンランナーを演じるドラマで、とても良かったと思います。
虹をくぐり抜けて行くシーンは感動しました。
しかし、それでどうしても納得いかない事があります。
ドラマについてではなく、自閉症についてです。
私は自閉症について、ほとんど知りません。
ネットで調べて見る限りでは、コミュニケーション能力に支障が出る問題のようです。
私がイラッときたのは、その症状の名前です。
自閉症
自らを閉じる症状?自我を閉じる症状?まさかとは思いますが、自由を閉じる症状?
「マラソン」以外でも、SMAP草ナギさんが連続ドラマで自閉症を演じているドラマや、特別番組系で見た事がありますが、彼らが何を閉じていると言うのでしょう?
コミュニケーション能力に障害がある事で、理想と勝手に決め付けられている上辺だけの人間関係を築けない事が、閉じているとなぜ言われなければならないのでしょうか?
もし私の大切な人が自閉症と診断されたら、私は絶対にその名前を許せません。
ドラマに出てきた自閉症の主人公たちは、人と話す事が苦手だったり、集団行動についていけなかったりする事は確かにあります。
だからと言って、彼らは何かを閉じているのでしょうか?
この世の多くの物事には名前が付けられ、その起源は意味不明な場合も多いと思います。
秋刀魚がなぜサンマなのか、誰が命名したのか知らないし、別に秋刀魚を秋刀魚と呼ぶ事に異議はありません。
でも、病名や症名に関しては、もっと被験者や身近な人の気持ちを考えるべきだと思います。
白血球の異常が白血病、脳の血管が詰まるのが脳梗塞など、症状から付くケースが多いと思いますが、自閉症は何を持ってその名前が付けられたのか、大いに疑問です。
大体のドラマでは、他人が悪意、もしくは何気なく言った一言を守り、酷い目に遭うシーンが出てきます。
「マラソン」でも、マラソンのコーチの指示を聞かない主人公に、コーチは「水は飲んではいけません」と言って、その場を離れる際に「百周でも二百周でも勝手に走れ」と言って仕事に行ってしまいます。
主人公はコーチの言葉を守り、水も飲まずに公園を走り続け、脱水症状で倒れます。
主人公がコーチの言った事を守ろうとしたのは、コーチとの信頼関係があった上だとは思います。
でも、私はどんなに信頼している人でも、その人の言葉を盲信する事はできません。
なぜなら、人間は自分本位だし、利益の為に嘘を吐くし、優位に立つ為に親切な顔をして騙す事を知っているからです。
しかし、自閉症の主人公は、そんな人間の言葉を信じ、守ろうと一生懸命勤めます。
それは、アダムとイブが楽園に住んでいた時と同じ心なのではないのでしょうか?
神の言う事を守っていたのに、蛇の誘惑に負けたのは蛇の言う事を信じたから。
神は自分の決め事を破り、蛇の言葉に従った二人を追放しますが、二人は蛇が悪意を持っているなんて思ってもいなかったのではないでしょうか?
子供が成長する過程で、先に教えるのは「人(親)の言う事は聞きなさい」で、ある程度大きくなってから「知らない人について行ってはいけません」だと思います。
つまり、可信を教えて不信を教えるのが主流だと思います。
そして人間は成長するに連れ、人を疑う事に馴れ、人を信じる事が難しくなって行きます。
自分を閉じてしまうのは、むしろ私たちの方のような気がするのです。
私がそんな事を思っても、どうせ偉い学者さんかお医者さんが付けた名前なのでしょうから、自閉症が可信症とかに変わる事はないのでしょう。
でも、自分たちが当然で、全ての基準になって、その基準を満たせないから「閉じている」と言う事に腹が立ちます。
お前らがナンボのモンじゃい!!!
チクショ~悔しいよ~(T_T)
この怒りを小説にでもしようかな…。
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